2016-12

    統計は友だち 国家統計局からジャーナリストへのアドバイス

    大学ではゲストを呼んで特別講義を開くことがある。
    今月はイギリスの国家統計局(Office for National Statistics)でチーフ・メディア・アドバイザーとして働くデイヴィッド・マーダー氏がプレゼンしてくれた。
    テーマは統計。
    davidmarder_jomec
    Photo byCardiff Jomec



    僕はこのとき、クラスメイトの手伝いでドキュメンタリーの撮影に出かけなければならず、残念ながら講義を生で聞くことは出来なかった。どうしても受講したい内容だったので友だちに頼んで録音してもらった(このとき大学のテクニックオフィスに行って無駄に上等なレコーダーを借りたのでやたら聞き取りやすい音声データを手に入れることができた)。しかも幸いなことにデイヴィッドさんにメールで連絡をとってスライドのデータも手に入れることができた。講義に出れなかったのは本当に残念だったのだけど、録音と資料がすべて手元にある状態が実現して、なんかもう逆に完璧。

    この講義に際して「Top ten tips for journalists using statistics(ジャーナリストのための統計活用10の知恵)」というリストをもらった。
    「統計は友だち。」というキャプテン翼ばりの格言から始まる。

    いくつか内容を翻訳して紹介すると、
    「平均は、算術平均、中央値、最頻値などをうまく使い分けよう」「 ほとんどの統計は誤差の範囲内だ。誤差の範囲に収まるのであれば、一見変化しているようでも実際には何の変化もないかもしれない」「 極端な意見に走っていはいけない。注目されるかもしれないが、多くの場合誤った事実を導く。最も正確で信頼できるソースを探そう」「遠慮せずに統計の専門家からアドバイスをもらうこと」、などなど。

    これから先もお世話になりそうなアドバイスだ。統計を扱うときはこのリストでチェックするようにしようと思う。

    ただ、こうしてジャーナリズムにおける統計の使い方について考えていると、いつも思い浮かぶ疑問がある。
    ジャーナリストはどの程度科学的な厳密さを追求すればよいのだろうか。
    科学的な正確さは重要だ。しかし、それを突き詰めていくとそれは報道というより科学的な論文になってしまうのではないか。また、多くの場合ジャーナリストは学者ではないので、厳密な正確さを追い求めるのは難しい。科学的な厳密さとジャーナリズムの両立。この問題についてデイヴィッド氏にメールで質問したところ、丁寧な回答をいただいた。

    少し要約して引用します。

    「 ジャーナリストは、エビデンスを精査して、自分が用いたファクトが操作されたり歪められていないかを確かめるべきでしょう。そのために出来る限り科学的になるよう努めるべきです。全てを理解することはできないので、ジャーナリストは誰を、何を、信頼するか決めなければなりません。 私が望むのは、ジャーナリストには統計を使う前に深くその数字を疑ってほしいということです。ジャーナリストは情報の筋を確かめてそれが信頼に足るのか十分注意しなければなりません。『この統計はどこから出てきたのか?』『誰かが自分を騙そうとしているのではないか?』私はジャーナリズムが学術的な論文のようなものを生み出すことは全く望んでいません。 学術的論文は厳密である一方、読んで理解するのがほとんど不可能で、その結果、飛ばし読みされ誤って解釈されます。 良いジャーナリズムは、誰にでも分かるような言葉でオーディエンスを巻き込み情報を伝えます。しかし、その情報はより正確になるよう努力されなければなりません。」

    なるほど。

    自分なりにこの話をより具体的な文脈で解釈してみようと思う。
    例えば選挙報道には統計がつきものだ。投票率や、各政党・候補者の得票率などがニュースで注目される。こういったデータを報じるときに、科学的な正確さやマナーを厳密に守るのであれば、記述統計や誤差について言及しなければならない。しかし、そこで「この統計は95%信頼区間で〇〇%の誤差があり…」などと言っても読者の多くは理解できない。学術的な論文だと、読者が統計的な知識を備えていることを前提に、例えば「P値が〇〇で〇〇%水準でこの相関係数は有意」という書き方をする。そして学術論文においてはこういう情報を明示することが科学的なマナーだ。
    ジャーナリストも統計を出来る限り正確に使うべきだが、このような論文の作法を真似すべきだろうか。こんな書き方をしていては読者の多くは理解できないし、たぶんそのニュースに目を通そうとは思わないだろう。おそらくここでジャーナリストがすべきなのは、誤差があることを理解した上で言論を展開することだ。信頼区間や誤差がどうこうということに言及しなくとも、統計はそういう誤差があるものだと思って提示し、それを理解した上で物事を語る。例えば、あくまで誤差の範囲の数字の変化に過ぎないときに、投票率が上がったとか下がったとかを主張してはいけない。仮に誤差が5%ある統計では、投票率51%と47%の数字を比べたときにどちらが高いとは言えない。
    他にも、それぞれの統計の間に明らかなサンプル数の違いがあるとき、それらを同列に比べるようなグラフを提示してもいけない。今年の都知事選のときに、各世代ごとの投票した候補者の割合を比べるグラフが見られた。しかし、若い世代は投票率が低い分サンプル数が少ない。その統計を比べて、安易に若者にはこういう傾向があると論じてはいけないだろう。

    僕は数学はあまり得意ではない。でも、学部時代に計量政治学を学んでいたので、統計の基礎の「き」、あるいは基礎の「き」の「k」くらいは学んだつもりだ。統計は卒論で親しんだ仲でもある。付き合ってると理解できずに腹が立つこともあるけど、 助けられることも多い。統計は友だちだ。誠実に向き合おう。


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    プロフィール

    Akira Oda

    Author:Akira Oda
    尾田章
    2013年9月よりカーディフ大学インターナショナル・ジャーナリズム修士課程(Cardiff University, MA International Journalism)に在籍。
    関心:データジャーナリズム、ドキュメンタリー、写真、計量政治学、英語学習、オーケストラなど
    Email: OdaAあっとcardiff.ac.uk ("あっと"を@に変えてご連絡ください)





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